子育ての記録**2016年11月出産**

2016年11月男の子を出産しました。手探りの中はじめての子育てを楽しんでます♪

【0d~1d】入院中の記録①

すでに遠い日のことのように思えますが、忘れてしまわないうちに入院中の出来事について記録しておきたいと思います。

 

【生後0日/入院1日目】

14時頃に出産を終え、しばらく陣痛室で過ごした後、車椅子に乗って病棟へ移動しました。

車椅子に乗る機会はなかなかないので、ちょっとドキドキしました。

最初は「病人でもないし自分で歩けるよー」と思いましたが、ベッドから車椅子へ移動するために立ち上がった際に貧血の時のようなフラフラ感と足の脱力感があり、歩くなんてとても無理だとすぐに気が付かされました。

 

1人部屋希望だったのですが、すべて埋まっていたので、病室は4人部屋でした。

でも私が入院した時には1人しか利用されておらず実質2人部屋だったので、少し気が楽でした。

 

病室に移動してからはずっとベッドに横になっていました。

おしりの穴がすごく痛かったです。

看護師さんによると、赤ちゃんが刺激していたから仕方ないそうです。

寝る向きを変えてみたりしても、ずんずんと鈍い痛みが治まりませんでした。

 

17時過ぎに軽食を出していただきました。

食パン2枚とチーズとみかんです。

前日の20時から何も食べていなかったので、すごくおなかは空いているのに、胸がいっぱいというか何というか、食パン1枚食べきるのがやっとでした。

 

19時頃、出産後はじめてお手洗いに行きました。

この時はじめて自分で歩いて移動したのですが、足に力が入らない上に、会陰切開した部分が痛んで普通に歩くのも難しく、ペンギンのように足を引きずるような感じでしか進めませんでした。

お手洗いをすませた後は清浄綿で綺麗にしてから産褥ナプキンを取り替えます。

最初は産褥ナプキンの大きさに驚いていたのですが、実際に悪露を体験?してみると、Lサイズの産褥ナプキンでも頼りない感じがしました。

 

22時の消灯後、横になってみるものの、出産を終えたという興奮と悪露がナプキンからはみ出てしまっているのでは?という感覚があって全然寝れません。

しかも子宮が痛みます。

生理痛のちょっと酷い時みたいな。

消灯してしまっていたので、わざわざ看護師さんを呼ぶのも申し訳ないと思い、目を閉じてひたすら耐えていました。

 

日付を超えた頃、周囲の病室から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。

(私の病院では出産翌日から母子同室することが基本となっています)

私の赤ちゃんは新生児室にいるので、母子同室生活をしている別の方の赤ちゃんの泣き声なはずですが、赤ちゃんの泣き声が聞こえる度に「うちの子が泣いてるのかも!」とドキッとしてしまい落ち着かなかったです。

 

 

【生後1日/入院2日目】

6時に起床して検温していると、正面のスペースに新しく妊婦さんが入院されてきました。

お隣のスペースの方と同じで、出産前の方のようです。

2人部屋が3人部屋になりました。

 

この日は朝から母子同室のお話がありました。

同じ日に産まれた2人のママと一緒に、赤ちゃんの抱き方や授乳方法、オムツ替えについて等を学びました。

今ではササッと抱き上げることができますが、この時は本当に難しかったです。

もちろん今より小さいので「折れそう、壊れそう」という気持ちが大きくて、抱き上げるのが怖かったです。

 

でも一番難しかったのは授乳です。

母乳を全然吸ってくれなくて、口にくわえさせるのだけで精一杯でした。

他の2人のママと赤ちゃんは上手に授乳出来ていて、スムーズに飲んでいるのに、うちの子だけくわえることもできなくて…

しかも他の2人の子はどちらも3000g後半で生まれてきていて、すでに髪の毛もふさふさなのに、うちの子は2800gで一回り小さいし髪の毛も全然ないし…

今思えば他の子と比べる必要なんてないって分かるし、全然問題にすることじゃないのに、この時はちょっと泣きそうになりました。

3人のうち自分だけが上手く授乳させてあげられないことも辛かったです。

 

初めての授乳では40分かけて5cc飲んでもらうことができました。

今は10分あれば80ccくらい飲み干します。

すごく成長したなーと感慨深く思ったり。笑

 

18時頃、実家の母と妹が赤ちゃんに会いに来てくれました。

落としたら怖いということで2人とも抱っこはせずに、ほっぺを触るだけでしたが可愛がってくれました。

 

 

【40d】生後40日目を迎えました!

息子が生まれてからは、1日1日が長くて、でもあっという間のようでもあり、今までの人生の中でもかなり濃い毎日を送っています。

今日が生後40日目だということもアプリの通知で気が付きました。

体感だともう3ヶ月くらい一緒にいるような。笑

 

今日までの40日間で色々なことがありました。

黄疸の数値が高くて退院できないかもしれないと言われてしまったり、

体重が増えないからと病院にお世話になったり、

生後3週間にして救急車に乗ることになったり、

…なんだか文字にするとすごく病弱な子って感じですね(・_・;)

今は元気すぎるくらい毎日パワフルにしてます。

先日1ヶ月健診も終え、ベビーカーデビューもしました!

こうやって日々成長していく息子の姿を見ていると、色々心配だったことがあったことすら忘れてしまいそうです。

忘れないうちに記録に残しておかないと!と思いながらも、息子の睡眠が細切れなため自由時間がなくパソコンに向き合えない毎日です。

 

 

【39w0d】私の出産記録④**赤ちゃんの誕生とお産のまとめ**

14時頃*赤ちゃんとの対面

少しして「おめでとうございますー」と言いながら助産師さんが赤ちゃんを見せてくれました。

初めて見た赤ちゃんは、全身青紫色をしていました。

赤ちゃんの顔を見た瞬間、今までの痛みは全部どこかにいってしまって、もう本当に気持ちがいっぱいいっぱいになりました。

私と赤ちゃんの2shot、私と夫と赤ちゃんの3shotの写真を撮影した後、赤ちゃんを胸の上に乗せてもらいました。

本当に小さくて、生き物なのかどうかも怪しい感じでした。

 

助産師さんが「おっぱいあげてみましょうね」と言いながら、胸に赤ちゃんの唇を近づけてきました。

「えっ、もう授乳できるの!?」とビックリでしたが、やっぱりまだ吸ったりすることはできず、胸に唇をつけるだけでした。

でもそれも意味のあることのようです。(何故なのか言っていたと思うのですが、よく覚えていないです…)

 

少し触れあった後、赤ちゃんは体重等の計測のため、助産師さんが別室に連れていきました。

夫も一緒について行ったため、分娩室には私と先生ともう1人の助産師さんが残されました。

 

 

14時30分頃*胎盤の処理等

出産を終えてホッとしていたのもつかの間で、胎盤の処理をしていただきました。

どろんとしたものが出た感じがして、何だか2度目の出産をしたような気分でした。

それから切開した部分を縫っていただきました。

胎盤の処理と縫合の順番が逆だったかもしれません…)

縫合している時、麻酔をしているので当然痛みは感じないのですが、縫っている様子が見えてしまい、それだけで痛いような気分になりました。

 

全部の処理が終わった後、「2時間は分娩室で過ごしてください」と言われ、先生方が退室していきました。

それと同時位に夫が戻ってきて、赤ちゃんの写真を撮ってきたと嬉しそうに報告してくれました。

 

 

 

私のお産はこんな感じでした。

途中、緊急帝王切開になるかもしれないという想定外のこともありましたが、なんとか自然分娩で無事に出産することができ、本当にホッとしました。

 

実際に出産するまでは、「数日前に前駆陣痛がある⇒陣痛が始まる(⇒破水していなければシャワーを浴びる)⇒10分間隔の陣痛になったら病院へ⇒陣痛室で食事したり体力を温存しながら過ごす⇒分娩室へ」という流れになるのだとばかり思っていました。

でも私の出産では、陣痛室で過ごすことなく分娩室に通され、そのまま…という感じでした。

また、赤ちゃんが産まれる瞬間が一番痛いのだと思っていましたが、陣痛の方が辛いし、むしろ産まれれくる瞬間は痛みはなかったです。

色々とイメージとは違っていました。

 

イメージと違っていて1番ホッとしたのは夫への暴言がなかった(と思われる)ことです。

立ち合い出産の際に夫に汚い言葉を使ってしまったり、暴言を吐いてしまったというような記事を目にしていたので、心配していたのですが、夫曰くそういうことはなかったそうです。

陣痛の時に言葉にできないような叫び声をあげてしまっていたのですが、「叫んでるとこなんて普段見ないから新鮮だったよ」と明るく言ってくれました。

 

それに、夫は 私が陣痛で苦しんでいる時にはずっと背中や腰を撫でてくれました。

「そこじゃない(# ゚Д゚)もっと下!」とか理不尽に否定したり怒ったりしても、根気強くずっと撫でてくれたし、そばにいてくれました。

だからか「2人でお産を乗り切った」という気持ちも強く、立ち合い出産にして本当に良かったと思っています。

 

 

【39w0d】私の出産記録③**陣痛から誕生の瞬間まで**

7時過ぎ~11時頃*陣痛⇒休憩⇒陣痛⇒休憩…の繰り返し。陣痛促進剤を投与

病院に着いてから、ずっとお腹は痛かったのですが、どんどん痛みが増してきます。

キューンと下の方に子宮を引っ張られる痛みだったのが、手で握りつぶされそうな強い痛みになってきました。

「このままでは子宮が破裂するのでは?」とも思った程です。

 

お腹に着けていたNSTの機械は、陣痛が来ると相変わらず赤ちゃんの心音が下がっている様子を表していたようで、NSTの用紙を見ながら夫が「あ、また危険水域に入ってる」とか「今は大丈夫みたい」とか、報告してくれました。

 

私としては順調に陣痛を体感しているつもりでしたが、助産師さんによると「陣痛が進んでいない」とのことで、陣痛促進剤を使うことになりました。

私のイメージでは「陣痛促進剤=スムーズに陣痛が訪れる=痛みも和らぐ」という感じでしたが、全然違いました。

お薬の良い影響なのだと思いますが、陣痛促進剤の点滴を始めてから、余計に陣痛が辛くなりました。

 

陣痛と陣痛の合間の休憩の時間には眠ってしまうことが多く、夢を見ていました。

大学時代の友人と過ごす夢が多く、不思議と赤ちゃんや夫が出てくることはなかったです。

 

しっかり夢を見て眠っていても、数分でまた陣痛がやってきて強制的に起こされてしまいます。

自分の体内時計的には結構な時間が経ったと思っているのに、実際には数分しか経っていなくて、いったい何回こんな痛い思いをしなければいけないの?と絶望的な気持ちにもなりました。

 

それでもまだ陣痛の最中に時計を見る余裕はありました。

 

 

11時過ぎ~13時30分頃*痛みMAXで記憶が曖昧…

徐々に陣痛の間隔が短くなっていきます。

もう時計を見る余裕もなく、記憶が曖昧なところもあります。

助産師さんは付きっ切りではなく、数分ごとに様子を見に来る感じだったのですが、夫曰く、助産師さんが来る度に「行かないでー」と言ったりしていたそうです。笑

 

陣痛の痛みは多分この時が最大だったと思います。

それまでの「子宮を手で握りつぶされそうな痛み」に加えて、「強烈な便意」がやってきました。

便を出したいのに出ない、力んでも出ないというような辛さです。

私は酸化マグネシウムを服用していたのですが、それでも数日前から便秘気味だったので、今になって溜まっていた便が出てしまうのではないかとハラハラしました。

助産師さんに便が出そうだと伝えると、「みんなそうですよ、もうすぐ産まれるということですよ」とさらりと言われました。

みんなそうだと言われても、もう排便してしまうのではないかという不安でいっぱいでした。

いくら立ち合い出産希望でも、排便の瞬間には夫に立ち会って欲しくないです。

痛みだけでなく便意への不安にも耐えながら、赤ちゃんが出てくるのを待ちました。

 

この頃には赤ちゃんの心音が危険水域に入ることが少なくなり、ギリギリだけど大丈夫な状態をキープできるようになっていたので、もう緊急帝王切開の心配もなくなりました。

 

私もそうですが、夫は前日の夕食から飲まず食わずでずっと付き添ってくれていました。

恐らく疲労困憊していた夫を見て、助産師さんが「もう少しかかるから、旦那さんは食事してきてください」と声をかけていました。

 

 

13時30分~*誕生の瞬間

夫は近くのコンビニで軽食を買って控室で食べたようで、すぐに戻ってきてくれました。

するとそれまでは「力まないで」「深く呼吸して」と言っていた助産師さんが子宮の開き具合を確認した後「もうそろそろだね」と言ってくれました。

子宮の開き具合なんて自分では分からなかったので、痛みから解放されて赤ちゃんと会えるという嬉しいことなはずなのに、「もういいの?もう産まれるの?本当に?」と何だか不思議な気持ちになりました。

 

それから何回か陣痛を耐えた後、それまではいなかった男性のお医者さんがやってきました。

どの先生の時に出産することになっても安心できるようにとなるべく色々な曜日で健診を受けていたのですが、日曜日に出産することになり、普段の先生方がいらっしゃらず、結局初めて会う先生に担当していただくことになりました。

 

助産師さんの人数も増え、下半身側に3人、上半身側に夫がいる、という状況でようやく「力んでいいよ」と声がかかりました。

それから夫に「2回くらいで産まれるから、カメラの用意していてくださいね」と声をかけているのが聞こえてきました。

バースプランに「家族3人で写真を撮りたい」と書いていたからか、気を遣っていただけました。

 

2回か3回力んだ時、「赤ちゃんが出にくそうにしているので、会陰切開しますね」と言われ、麻酔をした後、切開されました。

その瞬間は麻酔をしているので痛くはないですが、「あっ、切ってる!」というのが分かりました。

それからもう1度力んだら、何かが出てくる感覚がありました。

上手く説明できないのですが、するんっというより、ぬるぬるっと「大きなものが出てきてる」という感じでした。

 

 

 

【39w0d】私の出産記録②**病院についてから色々な検査まで**

5時50分頃*病院到着

妊娠してからは朝早い時間に外に出ることがなかったので、お腹が痛いながらも、タクシーから病棟への移動の間「朝の空気って清々しい!」なんて全然関係ないことを考えていました。

事前に電話連絡をしていたので、守衛さんやナースステーションの方々も分かっていてくれて、病院内ではスムーズに案内されました。

 

産科のフロアに着くとまず体重を測るように言われました。

妊娠前体重と比較すると+12kgになっていました。。。

それから検尿のコップを渡され、フラフラになりながらお手洗いに向かいました。

数時間前までは何度もお手洗いに行く元気があったのに、この時は便座に座るのも立ち上がるのも一苦労な程、お腹の痛みがひどかったです。

キューンと引っ張られるような痛みと、生理痛のような鈍痛が一緒に襲ってくるような感じでした。

 

6時10分頃*破水の確認のために分娩室へ

破水かどうか見るために、分娩室へ案内されました。

普段の内診の時に座るような椅子を一回り大きくした感じの椅子に横になります。

 

衛生上の問題とかなのでしょうか。

ここからは夫は控室で待つように言われてしまって、1人になりました。

そもそも立ち合い分娩希望だし、別に夫に内診の姿を見られてもかまわないので、一緒に居て欲しかったです。

 

破水の確認のためにどんな検査をしたかは覚えていないですが、助産師さんが子宮の様子を見て「まだ子宮口は開いてないけど、破水してますね」と言っていました。

それからNST検査の時にお腹に着けた心音を聞く機械をお腹にセットして、どこかに行ってしまいました。

1人にされてすごく不安でした。

 

6時15分頃*赤ちゃんが苦しんでいる…

少しして戻ってきた助産師さんは、NSTの用紙を見て「赤ちゃんが少し苦しそうにしてる」と言いました。

陣痛の波が来る度に、赤ちゃんの心音が危険水域?に入ってしまうそうです。

「私も痛くて辛いけれど、赤ちゃんも苦しんでいるんだ」と思うと、痛みとは別の涙が出てきました。

「少し様子をみましょう」と言われ、陣痛の痛みが来る度に助産師さんがNSTの用紙を確認する、という時間が続きました。

 

その間にも近くの分娩室から痛みに耐える悲鳴が聞こえてきます。

なんとも形容しがたい声でした。

この時すでに自分の中の痛みの許容範囲を超えそうでしたが、私にもこれからまだまだもっと痛い瞬間が待っているのだと分かり、怖くなりました。

 

6時40分頃*帝王切開になるかも?

助産師さんからは「このまま陣痛の度に赤ちゃんが苦しんでいたら危ないから、帝王切開になるかもしれません」と言われました。

「なんで苦しんでいるんですか?帝王切開なら赤ちゃんは大丈夫ですか?」と尋ねると、「へその緒が絡まってるのかもしれないし、羊水が減ってるのかもしれないし、何か異常が起きてるのかもしれないし、検査してみないと分かりません」とのことでした。

赤ちゃんの体重も、前回(38w2d)の健診では3,000gを超えているといわれたのに、2,700g位しかないと言われました。

 

予想していたことと違うことばかりで、頭の中はパニックです。

 

レントゲン撮影のために、助産師さんが技師さんを呼びに行っている間、夫にLINEでひたすら報告していました。

 

7時頃*レントゲンと心電図の検査。夫も合流

陣痛の波が治まっている瞬間を見計らって、レントゲン撮影と心電図の検査をしました。

 

検査が終わって少ししたころ、控室で待っていた夫が分娩室に入ってきました。

相変わらず痛みは酷かったけれど、夫の顔を見ると少しホッとできました。

 

夫も一緒になってから、検査の結果が伝えられました。

へその緒が首に絡まってはいないそうですが、なぜ赤ちゃんが苦しんでいるのかは分からないとのことです。

また、状況によっては緊急帝王切開になり、立ち合いできない旨を告げられました。

 

「帝王切開でも自然分娩でもどちらでもいいから、赤ちゃんが苦しまない方法で早く出してあげて!」という気持ちでいっぱいでした。

 

【39w0d】私の出産記録**陣痛?破水?から病院へ行くまで**

39週0日目、2870gの男の子を出産しました。 

この日は本当に1日が長く感じられました。

ところどころ意識や記憶がなかったり、曖昧なところもあるのですが、私のお産はこんな感じでした。

 

0時*体調不良

一度治まっていた生理痛のような鈍い痛みが下腹部にありましたが、

寝てしまえば何とかなるだろうと、普段通り就寝しました。

 

1~2時*下腹部痛、おりもの、尿意のため眠れず

一度お手洗いを済ませて寝室に戻ってもすぐにまたお手洗いに行きたくなります。

うちは2階にお手洗い、3階に寝室という造りのため、お手洗いに行くには階段を降りなければなりません。

大きなお腹で何度も往復するのが辛くなってきたし、私が起き上がる度に夫を起こしてしまうので、夫に「何回もトイレ行きたくなるから、落ち着くまでリビング(2階)のソファーで寝るね」と声をかけてソファーでゴロゴロしていました。

 

3時*陣痛タイマーでカウント

下腹部痛はそんなに強くはなく、生理前の時のようでした。

「もしかしてこれが前駆陣痛というものかな?」と思い、陣痛タイマーのアプリでカウントしてみました。

4分間隔だったり、9分間隔だったり、6分間隔だったりと安定しません。

母親学級で「本陣痛なら間隔が縮まっていくことはあっても伸びることはない」と言われていたので、「やっぱりこれが前駆陣痛か!」と思いました。

ちょうど1週間後が予定日だったので、「本陣痛の前の練習みたいなものね♪」と呑気に構えてお手洗いとソファーを行き来していました。

 

4時*これは…もしかして…陣痛?

最初はバラバラだった下腹部痛の間隔が、大体3分間隔になってきました。

子宮の下の方がキューンと引っ張られるような刺されるようなそんな痛みが30秒位続き、3分程度空いて、また痛みがきて…というような感じです。

さすがにおかしい!と思いました。

でも「こんな早朝に病院に行って違っていたら…」「まだ予定日より1週間も前だし…」と思うとなかなか病院に電話することが出来ませんでした。

 

そんな時、買ったはいいけれどまだ読んでいなかった、たまごクラブ12月号が目に入りました。

「もし本陣痛だったらこのまま出産になるじゃん!まだ読んでないのに!」と変な勿体ない思考が芽生え、下腹部痛が落ち着く頃合いを見計らってたまごクラブを読み漁りました。

…今思うと変なことしてないで早く病院に連絡すればよかったな。

 

5時*3分間隔のままだけど、どんどん痛みが増してくる!

間隔は変わらないけれど痛みが強くなってきました。

少しの痛みのない間に雑誌を読む気力もなくなる程です。

これはさすがにおかしいです。

本陣痛じゃなかったとしても、何か異常が起きているんだ!と思い、病院へ電話することにしました。

 

5時12分*病院へ電話

早朝だったので、緊急連絡先へ電話をかけると、2コールで看護師さんに繋がりました。

「今39週0日で、前駆陣痛なのか本陣痛なのかよく分からないけれど、3分間隔でとにかくお腹が痛いんです」と伝えると、「本陣痛なら喋れることもできないだろうから、きっと前駆陣痛ですよ」と半笑い気味に言われました。 (←お腹が痛すぎて悪い風に捉えてしまっただけかもしれませんが)

「病院に電話するからお腹が痛くても一生懸命気を張って状況を説明しなきゃ!って頑張って喋ったのに笑われた…(´;д;`)」という気持ちと「これより痛い本陣痛ってどんな痛みなの…(ll゚д゚ll)」という気持ちで絶望的な気分に陥りました。

 

最後に「卵白みたいなおりものが大量に出てるんですけど大丈夫ですか?」とおりもののことを聞いてみると

「破水してるんですか?」と聞き返されてしまいました。

「破水なのかよく分からないです。無臭の卵白っぽいものが出るんです」と返すと、「多分違うと思うけれど、もしかしたら破水しているかもしれないから、その検査のために来てください」と言われました。

 

「さっきから“きっと”とか“多分”とか、なんなの!? 

こっちはお腹痛いし、赤ちゃん心配だし、不安だらけなのに!」

とちょっとイライラしながら身支度を始めました。

 

5時20分*夫が起きてきました

うるさくしていたからか、夫が起きて2階に降りてきました。

そこで「破水したかもしれないから、検査のために病院行かなきゃなんだけど…」と伝えると、寝ぼけた様子の夫が一気に覚めて「えっ、今から?」と慌て始めました。

そんな夫の様子を見て、病院に連絡する前に夫に声をかければよかったと反省しました。

 

5時35分*陣痛タクシーを呼びました

簡単な身支度をして、事前に登録していた陣痛タクシーを呼びました。

KMタクシーさんです。

すぐに指定の場所に来てくれて、「揺れないようにゆっくり走りますね」とすごく丁寧な運転で病院まで送ってくれました。

 

 

 

【38w2d~6d】出産前日までの記録

無事に息子の出産を終え、自宅に戻ってから1週間が過ぎました!

オムツを替えて、授乳して、すぐまたオムツを替えて、ぐずったらあやしたりなんかして…としているうちに、毎日があっという間に過ぎていき自分でもびっくりしています。

出産の記録、入院の記録も残したいのですが、まずは途中だったマタニティ生活終盤の記録を…。

 

38w2d 健診に行きました

エコーの結果、赤ちゃんは3,000g超えているとのことでした。

私も夫も3,000g後半で産まれているので、「きっと赤ちゃんも大きく産まれるね」なんて盛り上がっていました(*'▽')

エコーでは、結構しっかりめに顔を見ることができました。

表情とかはよく分からないけれど、どんどん人間らしくなってきていて、いつまででも見ていたくなります。

 

内診の結果は、子宮口が1cm開いているとのことでした。

先生も「降りてきてる感じもないし、まだまだだね」と。

予定日まで2週間あるし、初産は遅くなることの方が多いと聞いていたので、「そうですよねー。まだですよねー」という気持ちでした。

 

それからカンジダがひどくなっていたので、洗浄とお薬もしていただきました。

1週間は入浴禁止と言われ、さらに「結構刺激したから出血するかもしれない」と言われてしまい、ちょっと憂鬱な気分に。。。

 

病院を出て2時間経ったくらいで、おりものが一気に出てきた感じがあったのでお手洗いに寄ると鮮血がおりものシートについていました。

ティッシュを当ててみると生理の時のような感じで結構な血が!

なんだか久しぶりの感覚でした。笑

 

この日は病院近くのショッピングモールでビュッフェランチをしました。

健診の後はランチが定番になっていて、夫と毎回「これが最後の外食かもね。笑」という会話をしているのですが、本当にこの外食が出産前最後の外食になりました。

 

 

38w3d 除湿器を買いました!

私が花粉症なので、洗濯物を外に干すことができません。

なのでうちにはサンルームのようなお部屋があるのですが、なかなかうまく日が入ってくれず、洗濯物の乾きが遅いです。

ベビー用品はいっぱい洗い替えをすると思うので、このままでは困るかも…ということで、除湿器を買ってもらいました。

普段なら半日は干しておかないと乾かない洗濯物達が4時間もしないで乾き、感動。笑

これなら赤ちゃんの肌着やガーゼも気軽に洗えそうです。

 

前日からの出血は治まってきたものの、完全には止まっていません。

おりものの量も多いです。

本当に内診のせいだけなのかな?と不安に思いつつも、生理痛のような痛みは引いてきたので病院には行かず、自宅で大人しくしていました。

 

 

38w4d 54年ぶりの大雪!

この日は雪が降りました。

東京で11月に雪が降るのは54年ぶりとのことで、出勤前の夫は寒そうにしていましたが、外出の予定のない私は「まだ降らないかな?まだ雨なのかな?」と浮かれた気持ちで窓の外を見て半日過ごしました。

午後になって雪が降ってくると、お腹の赤ちゃんに「雪だよー」と話しかけてみたり。

普段とはちょっと違った気分で過ごした1日でした。

 

健診後から続いた出血と下腹部の痛みは、夜になるとようやくなくなりました。

 

 

38w5d おりものの量がすごい!!

少し動いただけで、卵白みたいなドロッとした感じのおりものが出ます。 

尿意というよりも、おりものの処理のために何度もお手洗いに行きました。

もしかして破水?と思って調べてみましたが、粘り気があるのでどうやら破水しているわけではないようです。

水っぽいおりものだと数日後に破水することも多いという記事を読みましたが、全然水っぽさはないので、ただのおりものなのかな。

おりものが増えると不快感があるけれど、赤ちゃんが産道を通りやすくするためのようだから、それを考えると我慢できます。

「赤ちゃんのため」という言葉には弱いです。笑

 

 

38w6d マタニティ生活最終日!

今思えば、これが破水のタイミング?という出来事がありました。

お昼にキッチンに立っていた時に、プツンというような音がしたんです。

その時は無意識におならをしてしまったんだと思い、夫がいなかったことにホッとしていたのですが、破水するときは音がするとも聞きますし、もしかしたら破水だったのかもしれません。

でもその後12時間くらい、おりものの量以外に他には変わった事もなかったので、破水の音ではないかもしれないですが。

 

夜に母が訪ねてきて、帰り際に「おなか触らせてー」と言って私のお腹をさすって帰りました。

予定日まではまだ1週間もあるし、予定日前にまた会う機会もあるのに急にどうしたのかなと思っていましたが、今振り返ってみるとあの時触ってもらえて良かったと思います。

 

 

私のマタニティ生活終盤はこんな感じでした。

勝手に40週ちょうどで産まれてきてくれるものだと思い込んでいたので、大きいお腹とはもうすぐさよならだななんて思う間もなく出産となりました。

ちょっと後悔なのは、もう少しお腹の写真を撮っておけば良かったということです。

思いついた時にちょくちょく写真を撮っていましたが、マタニティ生活最終日の写真も残しておきたかった!

いつ産まれるか何て分からないんだから、毎日写真を撮っておけば良かったなー。